POST SOUTHERN V.I.

ポストサザンとは

〈ポストサザン〉は既存の新聞やテレビという媒体形態や、ニュースという発信形態に対していくつかの実験的なアプローチを試みています。

「小さなコミュニティに対して発行する」
「ニュースではなく、見解」
「コミュニケーションとコンテキスト」

などが内部テーマです。

「小さなコミュニティに対して発行する」

『アメトーーク』というテレビ番組をご存知でしょうか。最近では、お笑い芸人たちが毎回決められた“括り”の下に「○○芸人」と称して集まり、その括りに対する熱意やこだわりを語るという形式のトーク/バラエティ番組で、これが高視聴率を記録しています。有名な部類では家電製品に精通した「家電芸人」による最新家電の紹介が、実際の商品のヒットに繋がったり、「中学の時イケてないグループに属していた芸人」は、放送批評懇談会が優れた番組に贈る「ギャラクシー賞」の月間賞を受賞しています。この“括り”という考え方が重要だと思うのです。括りに当てはまる視聴者は熱中して観るのは勿論ですが、括りに当てはまらない人も意外と「何なのそれ」と関わろうとするのです。
〈ポストサザン〉でおこなる実験のひとつは、ウェブで敢えてコミュニティを限定して情報を発信することです。実際、万人に向けられた話は右から左へ聞き流してしまっていることが多いもの。あなたが今朝見た政治に関するニュースのうち、いまどれだけを覚えているでしょう。関心があることならはっきり記憶しているものです。そのような考えから、取り扱う内容を絞ることで、見てもらう人にとってどんなコンテンツが揃っているのか、そしてそれが自分にとって関心のあるものなのか、というジャッジメントをすぐにおこなえるようにこちらから働きかけことにしました。コミュニティを小さくしたのです。この〈ポストサザン〉が定義した「小さなコミュニティ」はミクロコズム、すなわち鹿児島という単位です。鹿児島のローカルニュースやカルチャーに特化した情報をピックアップして、鹿児島の情報に関心のある人たちの小さなコミュニティを形成しようと考えています。

「ニュースではなく、見解」

ニュースという情報形態にはフラットさが求められることが多いです。誰かの意思を含まない客観的な情報であるべきだ、という主張です。しかしながら実際に知りたいのはその客観的情報を個々人がどう捉えているのかという見解であるということはないでしょうか。
少し前に、Yahoo! Japanのいくつかの記事に一般ユーザーのコメントが付けられるようになりました。これは配信元がコメント書き込みを許可していれば、その記事に対してコメントが書き込める機能なのですが、記事よりもその記事に対するユーザーたちの反応の方をむしろじっくり読んでいるということが少なくないと思います。ある記事を読んで自分なりの考えを抱いたとして、それが大筋の意見と一致するのか、どのくらいズレているのか確かめたくなるものです。確かめないと不安だから、というのもあるでしょうが、単に人の思考を知りたい欲が人には備わっているのだと思います。小中学校のとき一度くらいは、誰が誰を好きだとか、知りたくてしょうがないときがあったでしょう。
このウェブサイトを「オピニオンメディア」と名乗らせているのはそういう意図があるからです。鹿児島の情報をピックアップしますが、〈ポストサザン〉がピックアップした時点でニュース自体はある程度流れていると思うので、それに対してどう考えるのかという個人の見解をフィルタリングすることに力点を置きたいと考えています。もちろん、次第に質が高まっていってニュース自体もいち早く掴めるようにしたいですが。

「コミュニケーションとコンテキスト」

個人の見解を論じたときに自然に発生するのが「そうじゃないと思う」という反発です。言葉自体が一般定着した感のあるブログの炎上も反発の集積です。でもそれは事故なのではなく、コミュニケーションなのだと思います。ブログの場合は対話を重ねにくい(或いは言いっ放し型のルールを敷いている)から、反発だけが集積しやすいのです。〈ポストサザン〉は従来のブログとおなじように各記事にコメントを設けているので、意見がでれば返信していきますが、議論が沸騰するようであれば、もっと対話に向いているTwitterを利用して意見交換、つまりコミュニケーションをとりたいと考えています。〈ポストサザン〉は鹿児島の情報を中心にピックアップしています。それは裏返すと、もっと鹿児島のことをもっと知りたいということでもあるし、この場を通じてもっと鹿児島について考える時間を持って欲しいということでもあります。そうやってコンテキストが多方向に延びていくことが大事なんじゃないかと思います。別にこのウェブサイト内でなくても、どこかで、ここの記事のことについて友人知人たちと議論が起こる。それは〈ポストサザン〉のひとつの狙いでもあります。コンテキストをたくさんつくる足掛かりのようなことを担えれば幸いなのです。

前述のなかでも触れましたが、人は興味のあることでもないことでも、何かをきっかけとして関わりたいと思っているはずです。
その「関わりたい」という気持ちをひとつでも多く与えることがウェブサイトが用意出来る最大のコンテンツなのではないかと思うのです。
そのような大それたテーマを体現しようと思ったのです。

(テキスト●川村健太)